転送装置:
『転送装置と言う 仮想の未来技術を
使用する』という場面設定にあたって、
アートマンと人格について、
考えてみる、必要があるかもしれない。
物や、動物や、人間の物理的情報を
100%完全に、スキャンして
別の場所に、実体化させる装置。
素粒子レベルで、100%完全に
スキャンすれば、
宇宙の何処にでも 実体化が可能となる。
*SFに出て来る、転送装置はスキャン後、
スキャンされた、コピー元を消去
する事も行なっている。
転送される為に、ある人が
スキャンされると、
その後、自分が、消去されてしまう。
そこで、敵から攻撃があって、
装置が、破壊され、メモリー内の
その人の 情報が、破壊されると、
その人は 永遠に失われる。
つまり、死んでしまう。
装置が故障して、スキャン後
オリジナルが消去できなかったら、
その人は 2人存在してしまう。
しかし、転送後の人物が オリジナル
とされる理由は、
『転送して、目的地に向かう』
という、本人の意思が 反映されているのは、
オリジナルでなくコピーの方になるからだ。
**********以下、私見**********
残った方の オリジナルの人物は、
未来の法律により、消去されるとする。
しかし、オリジナルの人物と
コピーされた人物の脳には、
時間の経過と共に、
違う体験情報が、蓄積される。
*つまり、時間が経過した時点で
2人は、既に別人になっている。
いや、少なくとも 違う体験をしている。
消去される予定のオリジナル人物は
当然、『死への恐怖』を感じる訳だ。
*『物理的身体の情報を素粒子レベルで
100%再現できれば、同じ魂が、受肉する』
と仮定し、その状態を本人が、自覚できれば、
これは、魂=アートマンが、存在する
ことの、証明となる。
(つまりその人は、自分が二人在ると言う、
ことを、体験できる。と言うことになる。)
大自在天(神)の境地では、64箇所に同時に
存在できる。と言われている。
=『唯識』
*しかし、本人が自覚できず、
時間の経過とともに 2人が、
全く違う人格となるなら、
魂=アートマンは、存在せず、
人間のクオリアは、情報の集積
を処理する為に存在する現象にすぎない
と言う事の証明になる。
=『空』
この場合、存在の情報さえ100%
同じように再現すれば、いつでも
人格=パーソナリティを再現できる。
これを行なっているのが、
霊=アートマンである。
再び『唯識』
この世のはじまる前
無極が、太極に変化した。
在りて在る者が、
プルシャとプラクリティにわかれた。
*違いは、自性と真我といわれるが、
大きい炎と、小さい火花。
大きい炎=父神(母神)
小さい火花=真我(霊=人)
『本質は同じ』
プルシャ=霊(真我)は、沢山いたが、
皆、一人で、寂しかった。
すると、その苦しみを知った、
プラクリティ=モハマーヤ=マハマーヤ
=母なる神=父なる神のシャクティは、
その幻影の力によって、六道輪廻世界を創造した。
大いなる炎である神は、火花である霊に
『子供達よ』と呼びかけ、
この創造世界を 見せた。
すると、創造世界に、心を引かれた、
霊達は、その中に飛び込んで行った。
それまでは、独ぼっちだった霊達は、
創造世界を通して、自己を認識し、
他者と関わりを持つ事が出来るようになった。
以前 霊達は、
自分の意識という、『内なる世界』のみで、
他者との関わりを知らなかった。
創造世界で、受肉し、感覚器官を得て
『外の世界』と、『他者』との関わりを
持つ事が出来るようになった。
プルシャとプラクリティにわかれる以前、
無極から、太極の世界=有と無のみの世界
では、有は、たった一人であった。
つまり、
『愛を実行するため、創造を行なった。』
『なぜなら 神は愛である』から。
『一人では愛は、成立しないから。』
『仏陀の道は、創造を 逆行して、
無極=空に、至る道。』
故に
『愛は、煩悩であり、苦しみと快楽
をもたらすもの』と言う。
創造の道と、消滅の道 正反の道
しかし、世界の折り返し地点で
必然的に、『仏陀』は 顕われた。
存在の情報を100%再現してくれるのが、
アートマンに付属する人生の記録装置
コーザル体=種子である。
しかし、その存在は、非物理世界に
在るので確認することは、不可能である。
深い瞑想の境地で、確認した。
と、ヨーガ行唯識派。
しかし、あらかじめ刷り込まれた
観念を妄想しただけかもしれない。
*では、なぜ 人間には、
普通 前世の記憶が無い?
『そういう取り決めだから?』
『原罪の為に忘れている?』
『無智で無明だから?』
仏陀は、ウパニシャッドを批判して、
『そんなもの(アートマン=霊)は無い。』
といった。
『昨日の私と、今日の私は、情報としても
認識としても 全くちがう。』
『意識も関係性によってのみ成り立っている。』
『自分であると錯覚しているだけで、意識は、
川の流れにように、一瞬たりとも静止しない。』
水は 水。
川は、水の流れで出来ているが、
川は、その自然現象の状態を表した言葉である。
川は水で出来ているので、水である。ともいえるが、
水は、そのままでは、川ではない。
水が ながれて、川の状態にならなければ、
川ではない。
心と情報の違いは これだ。
つまり、水=データベース(情報の集積)
と川(流れる水)=意識は、別である。
情報を処理している状態が意識。
そこには、上流と下流がある。
その方向性を決めるのが意思。
意識できる意識
=顕在意識を決定するものが、
無意識であるならば、
無意識中の情報は、
どのような方向性で
意思と言う形を顕在意識に持たせるのか?
経験情報の中で、最も
『その人の生存にとって、』
『有益』な情報を常に選択している。
それが、意識と言う『川』の流れて行く
方向である。
本来、ダルマ(宗教の教え)は、流れを
方向ずけるためにある。
『頭で理解しても、潜在意識=無意識で、
理解しなければ、自己に変革はおきない。』
無意識に働きかける為に、
『ブッタは、瞑想の重要性を説いた。』
『自己保存本能』と言う『川の流れ』にそって
常に意識は 無意識に支配される形で、流れて行く。
各自、『肉体』と言う『外的の世界』の情報収集器官
によって、収集された『情報』が違うので、『自分』
を認識する事が出来るが、人格の機能は 同じである。
『水=情報』は、そのままでは『川=人格』ではないが、
『水=情報』無しに、『川=人格』は、存在しない。
*『死』によって、『情報収集器官』である、
『肉体』が、
失われると、『人格』は、消滅する。
『川』が、干上がったら『川』は、存在しない。
『水=情報』無しに、『川=人格』は、存在しない。
ヘルマン・ヘッセ /訳:高橋健二『シッダールタ』
は、最終的に『川』を見て悟った。
ヘッセも神智学協会に参加していた。
『川』は、流れると言う機能、または、
状態=関係性につけられた名前であるから、
『川』という概念に実体はない。
そこにあるのは、『水』と言う実体と
大地に刻まれた大きな溝を、
『流れている』と言う物理的運動だ。
それらを包摂する概念が、『川』
その運動は観測できる。
猫や犬を目で見る事はできるが、
動物と言う概念そのものは
取り出して見る事はできない。
意識の中に在る、情報も、
紙に書いたり 文字にしたり
色々な手段で、情報化して、
確認できる。
しかし
それらは、情報であって、意識自体は
取り出して、確認する事は出来ない。
意識が、脳を通して働いている。
しかし、脳を取り出しても
その肉のかたまりを見る事ができるのみ、
意識は、取り出せない。
***
『神は完全なる情報』と定義するのはおかしい。
情報と意識は違う。この場合
『神の意識』が『完全情報』を持っていても
それをどう使うかが、『意識』の働き。
情報と意識、情報と意思は違う。
情報と、その処理機能は違うものだ。
当然、処理機能は、情報の状態に依存する。
***
未来のコンピューターの『処理機能』が、
飛躍的に進歩した結果、
『意識』を持ってしまったとしても
『情報』と『処理機能』は、違う。
*原点、原典、義者は 聖典を事実として受け取る。
無神論者は フィクションとして、受け取る。
本当は、
『あらゆる問題に答えを示す事が出来るよう』
に比喩的表現で出来ている。
人間は 精巧精密な、
バイオロジカルロボットだ。
もし人間が、人間並みか、それ以上に
精巧な機能をそなえた
アンドロイドを作ったら、『霊』が『受肉』
しても、おかしくない。
絶対死なないが、アートマンが、物理的身体
を離れることを意図したら、
SWをoffするだけで良いとか、、、、。
しかし、どうやってあの世のアートマンと
この世の科学者は、コミュニケーションを
取るのだろう。
また、未来の仮想技術?
SFのネタだね。
**************************
この世には、何種類もの世界観、
宗教的なもの、そうでないものも、数多くある。
神智学のテーマの一つに
世界中の宗教の比較研究。
と言うものがある。
それによって、宗教、
宗教教理的な束縛、宗教組織的な束縛
から自由になる。
異文化、異質なものを理解する事で、
真の意味での友情や隣人愛を育てる。
悟性魂的あり方になり、宗教化してしまった、
アニー、ペザントの神智学協会と
決別したクリシュナムルティは、
宗教の組織を真っ向から否定し、
宗教から、そして神からも自由であれと言った。
『御本尊様に力があるのではなく、あなたの信じる心に力があるのです。』
VS
『神の化身と、人間の力には、大きな違いがある。』
『神は誰をも否定しません。
あなたが神を否定しているだけなのです。』
『贈り物が差し出された時にすべきことは、
(中略)
それを受け取る為に手を
差し伸べなければなりません。』
サイババ
まだまだ!!
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ヘルマン・ヘッセ /訳:高橋健二『シッダールタ』
シッダールタとは、釈尊の出家以前の名である。生に苦しみ出離を求めたシッダールタは、苦行に苦行を重ねたあげく、川の流れから時間を超越することによってのみ幸福が得られることを学び、ついに一切をあるがままに愛する悟りの境地に達する。――成道後の仏陀を讃美するのではなく、悟りに至るまでの求道者の体験の奥義を探ろうとしたこの作品は、ヘッセ芸術のひとつの頂点である。
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原理主義を以下の3つの特徴を持って説明している。
原点主義:
その宗教が誕生した初期の状態への回帰を意図する。ただし、その「初期の状態」とは歴史的事実とは関係なく、原理主義者が思い描いた物であることに注意。
原典主義:
宗教の創始者の言葉及び、それらがまとめられた経典に対し忠実であろうとする。これも、前者と同様にその解釈は原理主義者による。
減点主義:
現在の教団もしくは社会のありようが、宗教の創始当時と比べて堕落していると見る態度。これらの秩序を回復しようとするあまり、過激な社会行動に走りやすい。
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ギャバ&ドーパミン
依存症の原因は 脳に化学変化が起きるから、これを元に戻せば、依存症は治る。ドーパミン経路の遮断を遺伝子治療でやる。ドーパミンベータ水酸化酵素阻害タンパク質を生産する遺伝子を依存症部位に挿入する。無害化したアルファヘルペスウイルスは神経細胞に潜む。これに先の遺伝子を仕込んで、神経細胞経由で依存部位に送り込む。(フィクション)
ドーパミン(プラスW)の例
『普段から、やたら興奮して”キャーキャー”言う。折角、容姿も人柄も頭も収入も良好な彼氏がいても、次から次へと新しいboy friendを作って楽しみたい。(笑)』みたいな人は、サイコパスの可能性もあるが、単純に、ドーパミン分泌(W+)である可能性が強い。業や因縁の問題は別として、、。
ドーパミン(マイナスW)の例
ドーパミンがかなり少ないタイプ。動きがスローな事が特徴。スポーツは苦手。表情の変化がなく、優柔不断。あまり物事に感動しない。せっかちなドーパミン・ハイの人をイラつかせる。ドーパミンの分泌が少ないので達成感なく、その結果、何に対しても煮え切らない。やる気が無い上、他人のやる気まで、そいでしまうドリームキラーなっている事も。エフィカシーが大変低い。
薬物への依存性はドーパミンの生産に、影響を与えるか否かによって、証明することができる。
ドーパミン過剰分泌型の場合、分裂症になって行く可能性が、非常に高くなる。このような患者に、さらなる興奮を煽るような、トリートメントは、危険である。妄想に取り付かれた人の特徴は、『自分の妄想世界以外の視点を持つ事が出来ない。』病識が、無い。
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―予想される政府の補助金を勘案すると299万円から―
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コンピューターに触るようになってから、
こういうものが、
なぜ無いのか疑問だったが、やはり、あった。
***
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