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help リーダーに追加 RSS クンジュビハアリ プロフィール (kunjubihari profile)

<<   作成日時 : 2008/08/01 00:40   >>

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□ クンジュビハアリ(kunjubihari)
北インド古典舞踊・カタック(kathak)
の舞踊家・インド舞踊専門のtabla奏者
http://www.kunjubihari.com/


1964年 12月15日 火曜日 静岡県掛川市に生まれる。九紫火星射手座

1983年 9月のヤクシニー矢沢&パンディットヴィジェシャンカル師匠のkathakに感銘を受け、東京八王子、ヤクシニー矢沢、kathak センターにてkathakをはじめる。同年、12月より矢沢バレエスクールにて、クラッシックバレエをはじめる。

1984年来日したグルムンナラルシュクラ氏のワークシヨップに参加。同時に来日した。グルスバーシニルワン氏にタブラの手ほどきを受ける。

1985年インドに渡る。カルカッタのパダテック ダンスセンターにてパンディットヴィジェシャンカル氏に師事する。同氏より、タブラのトレーニングを受ける。以後、インド舞踊のリズムを専門にタブラを続ける。

1986年2月、カルカッタのパダテック ダンスセンターにてパンディットヴィジェシャンカル氏の前座で、約45分、はじめてのソロ kathakをおどる。

同年カタックケンドラ主催 ビンダディン マハラジ ジャヤンティカタックフェスティバルにて、パンディットヴィジェシャンカル師匠の振り付け作品に参加。

1986年、在日インド大使館で、タブラ奏者中田進氏と共に、kathak公演

1989年より、カルカッタにて、kathak dancer Smt.Madhumita roy &タブラ奏者スバーシベナルジー氏と共に、数多くのソロ、コンサートを行う。

同年カタックケンドラ主催 ビンダディン マハラジ ジャヤンティカタックフェスティバルにて、パンディットヴィジェシャンカル師匠の振り付け作品に参加。

1990年、1991年、のカルカッタ、スリアーロビンドラ、ヨーガ、アシュラムにて行われた、ラクナウ派家元インド人間国宝パドマビブ−シャンパンデットビルジュマハラジ氏のワークショップに参加。

1992年ラクナウ派家元インド人間国宝パドマビブ−シャンパンデットビルジュマハラジ氏のワークショップ参加をきっかけにニユーデリーの国立舞踊スクールkathakケンドラに入学。グルヴァスワティミシュラ女史に師事。(ニューデリーラクシュミーにあった、カタックケンドラ寮で、アッバイシャンカルミシュラや、サテシュや、ヘマントなどと、同室となる。)

同年カタックケンドラ主催 ビンダディン マハラジ ジャヤンティカタックフェスティバルにて、グルヴァスワティミシュラ女史振り付け作品に 出演。

1993年ジュンスズキ、天才プール美学講座で、生演奏による本格的 kathakコンサートを開始する。
(タブラ 吉見政樹/シタール&Vo.満月とみ、等と共演)

以降 ジュンスズキ、天才プール終了まで、毎年、帰国の折に 天才プール美学講座にて、生演奏による本格的kathakコンサートを行う。

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1994年ラクナウ派家元インド人間国宝パドマビブ−シャンパンデットビルジュマハラジ氏のクラスに日本人ではじめて入門が許される。同年カタックケンドラにて、家元Pt.Birju Mharaji 師匠のグループ作品に日本人として初めて参加。

1994年の時点で、家元Pt.Birju Mharaji 師匠の日本人の弟子は、私、クンジュビハアリのみである。


1995年、1996年、韓国人kathakダンサー”ジヤ シン2と共に、インド政府『サンギータナタックアカデミー』後援で、メキシコ シティの モダンバレエ スクール”ロス タイエレス"にて、公演ならび ワークショップ、TV出演を行う。また、在メキシコインド大使館での公演では、大好評を博す。また、韓国人kathakダンサー”ジヤ シン2と共に東京、大阪、掛川で、公演を行う。

1997年インド4大聖地の一つで、クリシュナ神の聖地ヴリンダーバンにある、最も重要なヒンドゥ寺院の一つ、『バンキビハリ マンディール』で、ヒンドウ教のヴィシュヌ派のグル Pt.モダンゴパール ゴスワミ氏より、御本尊『バンキビハリ』の本名である、ヒンドゥ名 『クンジュビハアリ』を授かる.

グル Pt.モダンゴパールゴスワミ氏は、インド音楽の生みの親 16世紀の聖人ミヤン・タンセンのグルで聖者の.スリ ハリ ダース  スワミジの末裔にあたる家系のグルジで、代々、『バンキビハリ マンディール』のプジャリを務めている。現在でも聖人ミヤン・タンセンのグル スリ ハリ ダース  スワミジのグルであり、ヒンドゥ教の最高神格の一人である 『クリシュナ=バンキビハリ=クンジュビハアリ』に神託をうけ、信者、巡礼者、の相談、指導を行っている。

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1998年4月29日 掛川市&掛川市教育委員会後援 生涯学習センター大ホール公演。インドより、Pt.アンビカプラサードミシュラ氏を招いてのコンサート。Pt.アンビカプラサードミシュラ氏は長年、ラクナウ派家元インド人間国宝パドマビブ−シャンパンデットビルジュマハラジ氏専属のタブラ奏者で、インドで最もクオリティの高いkathakの伴奏者と言われている。

1998年インド政府国費留学生としてパンデットビルジュマハラジ氏が学長を務めるカラアシュラム総合芸術学院にてパンデットビルジュマハラジ氏に師事する。

同年、マハラジグループのメンバーとして、インド各地を回る。

1998年 日本文化勲章受賞の画家 秋野フク 美術館(静岡県天竜市主催)オープニング記念公演。
インドより、Pt.アンビカプラサードミシュラ氏を招いてのコンサート。

2000年4月 マハラジグループのメンバーとして、インド各地を回る。

2001年7月22日 日本文化勲章受賞の画家 秋野フク 美術館(静岡県天竜市主催)公演。インドより、Pt.アンビカプラサードミシュラ氏を招いてのコンサート。

2001年 在日本インド大使館で、インドより、Pt.アンビカプラサードミシュラ氏を招いてのコンサート。

2004年 帰国。渋谷&掛川で、カタッククラス開講。後進の指導にあたる。

2004年11月より2004年11月より掛川市&掛川市教育委員会後援『清正堂サンギータ』をスタート。不定期でコンサートを企画。(このblogに、イベントの紹介、レポートを紹介。)

2005年 より 神戸在住のヴァラナシ流インド人タブラ奏者、アシュヴィニクマールミシュラ氏とコンサートを始める。掛川市&掛川市教育委員会後援_美感ホール公演

2006年11月、掛川市 YAMAHA つまこいミュージックカーデンにて、神戸在住のヴァラナシ流インド人タブラ奏者、アシュヴィニクマールミシュラ氏とインドより バンスリー家元 ヴィノード プラサンナ氏を招いての公演を行う。

2007年より、毎月1回のコンサートを企画。

2007年12月 在日本インド大使館主催の2007年「日印交流年」のイベントで来日した、インド人間国宝のインド古典舞踊カタックダンスの巨匠クムディニ・ラキア先生のグループに 日本人アーティスとして参加。
http://kathakmandir.at.webry.info/200712/article_1.html

2007年 Mini アルバム 『法華七福神』リリース。
http://www.kunjubihari.com/7god_cd_sample/7god_CD_sample.html

2008年4月 掛川市教育委員会&掛川商工会議所 後援『大日本報徳社』にて、アシュヴィニクマールミシュラ氏等と公演

2008年8月 第13回『清正堂サンギータ』定期コンサートにて、アシュヴィニクマールミシュラ氏等と
クリシュナ神の降誕祭記念コンサートを行う

2008年 オリジナル アルバム『道歌』を発表。
http://kathakmandir.at.webry.info/200804/article_1.html

インドのスタイルで、インドのグルジ(師匠)のように、講師自身が、タブラを使って本格的、kathakを教授している。現時点では、これが可能なクラスは、日本国内で、本クラスのみである。日本唯一の男性北インド舞踊家。日本各地インド・メキシコ・ネパールなどで国内外のアーティストと共演数。現時点では、日本人、唯一男性のカタックの舞踊家。

以上主な公演のみ記載。

以前の公演歴 など

http://www5f.biglobe.ne.jp/~kathakmandir/01-NARROW-USE/N-web.km.004.1.html


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日本初公演以来『本物のKATHAKを踊る』をモットーに、 *聖者ハリダ−ス スワミジならびに、グルジ(師匠)の教えに従い、ヒヤカシや、条件の整わない公演、音源のみでの公演は、行わず、 常に、生演奏による公演のみを行うと言う主義を貫く。 インド舞踊、音楽、芸術全般の価値を下げるような、
『宣伝の為の舞踊の安売り行為』はしない。この件に関して一切妥協は、無し。

(*聖者ハリダ−ス スワミジは、その高い境地故に、毎日、クリシュナ神に出会うことが出来た。それゆえ、神への讃歌「バジャン」をクリシュナ神に対して直接、歌うことが出来ため、理解の乏しい聴衆の前で、神への讃歌「バジャン」歌うことは、しなかった。バクティの道(信仰の道)に真剣な、クリシュナの信者に対してのみ神への讃歌「バジャン」を、教示していた。当時の皇帝、アクバル大帝が、聖者ハリダ−ススワミジこそが、ミヤンタンセンの師匠だと聞いて、聖者ハリダ−ス スワミジが住むクリシュナ神の聖地ブリンダーバンまで出向いたことがあった。宮廷に来て 歌を披露するようにと アクバル大帝が、直々に頼んだにも関わらず、贈り物の高価な香水を地面にまき散らした上、その申し出を断ったと言う話が、伝わっている。聖者ハリダ−ス スワミジにとっては、宮廷で歌うことは、そのまま、馬の耳に念仏を聞かせるがごとき、無意味な行為に 思えたのだろう。また、食事の前、酒の席では、決して、kathakを踊ってはならないと、Pt.VIjay Shankar師匠ならびに、Pt.Birju Maharaji師匠に、厳しく戒められている。このことは、我々の師匠たちが『如何に真剣に、バクティ(信仰)を持って、kathakに取り組んでいるか』を良く示している。聖者ハリダ−ス スワミジにとっても、Pt.VIjay Shankar師匠ならびに、Pt.Birju Maharaji師匠にとっても、kathakやバジャンは、バクティの道である。信仰の無い者が、歌うバジャン(賛美歌)が、無意味な事であると同様、バクティの無いkathakは、無意味である。Ptラヴィシャンカールが、言うように『インドの文化といって、スタイルだけをまねている。、、中略、、、。表面だけをまねしても、インドの文化を理解したとは言えない。』というのは、事実である。)

また、在籍中のカタックケンドラのディレクター故ジーヴァンパニ氏並びに、Pt.Birju Maharaji師匠の考え方に習い、証明書、肩書きなどの、紙切れにたよらない、舞台での実力主義のカタックの実践を目指している。

故ジーヴァンパニ氏 曰く
『もし、カタックケンドラが、デイグリーを出せば、デイグリー目的のペーパー カタック ダンサーが増え、本気で取り組む生徒のさまたげになる。舞台で、実力があってこそニューデリーのカタックケンドラの生徒だ。証明書、肩書き、紙切れにたよるものほど、中身が無い。自分の実力で証明できないから、他人の権威に頼る。』

故ジーヴァンパニ氏とPt.Birju Maharaji師匠は、いつも大変良い関係であり、この点に関してPt.Birju Maharaji師匠も同意見である。

掛川『清正堂サンギータ』クラス
渋谷『カタックマンディール』クラス


では、インドのスタイルで、インドのグルジ(師匠)のように、講師自身が、タブラを使って本格的、kathakを教授している。現時点では、これが可能なクラスは、日本国内で、本クラスのみである。

初心者でも、2〜3年で、ステージでの、ソロパフォーマンスを可能にすることを目指しての実践的、kathakの授業をメインとしている。

『結果を出すことの出来るカタッククラスを目指す。』





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kunjubihari profile
http://www.kunjubihari.com/


kathak dancer & kathak music composer & choreographer & instructorOnly One Male kathak dancer in japan.

1983 Begin kathak dance at yakushini kathak center in Tokyo Japan

1984 Participate in workshop of Mr. Guru muna lal shukura in Japan.same time. Receive the class of Tabla from Guru subashu nirwan.

1985. Study under Pt.Vijay Shankar with Padatik dance center in Calcutta. Receive the training of Tabla from Pt.Vijay Shankar .【 the rhythm of the kathak dance 】.

1992 After the workshop participation of Pt.Birju maharaji,enter national dancing school kathak kendra.Study under Ms. Guru Vaswati mishra.

1994 join class of national Jewel of india Pt.Birju maharaji,

1997 recive hindu name "kunjubihar"from hindu guru Pt. modan gopal goswami
from banki bihari temple in Brinderban

1998 recive Scholarship from Indian Council Culture Relations(ICCR)And study kathak dance from Pt.Birju maharaji,

2004 back to japan and start teaching At TokyoShibuya & kakegawa

2004 found a music & dance organization“seishoukou sangita”at budha temple in kakegawa shizuoka japan. work at the spread of pure art through the concert of the every month.

please look at my blog to get activity information of “seishoukou sangita"

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About My CD
『hottke hichi fuku jin』
http://www.kunjubihari.com/7god_cd_sample/7god_CD_sample.html
『Michi uta』
http://kathakmandir.at.webry.info/200804/article_1.html

It is original fusion sound of kunjubihari .He studied north India classic dance kathak and the unique music of kathak while commuting between Indian Japan for many years. To a base of kathak dance music.I made this sound full use of virtual India musical instrument tabla,Synthesizer , etc in the virtual studio which there was in the computer inside.In addition,
I made a song byThmri style (indian light classical music) with japanese traditional poetry “tannka”This “tanka”is mae by great religious master”sontoku ninomiya”And I use Software vocalist “vocaloid hatune miku”. Introducing of Thmri by japanese text is is the first trial in japan.


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